About me
はじめまして、くぼ みなみです
「みなみさん」とお呼びください★
たくさんの中から見つけてくださってありがとうございます。
赤ちゃんがだいすき、ママがだいすき
助産師のおしごとだいすき!
毎朝のココアが日課。時々ヨガ。身体硬いです。
二男を出産し手帳を書くこと、デコることにはまり文房具熱が再燃!
万年筆やシール、メモ帳など集めています。温泉、ドライブ、お酒も好きです。
「話しかけやすい」と言われ、外出をするとよく道や、時間を聞かれたり話しかけられます。
明るくサバサバの思い立ったら行動!
初めましての方もリラックスできるよう笑顔でお待ちしています。


【お教室のこと】
私のお教室にはまだ屋号がありません。ピンとくるものがなくて…だったら無理につけなくてもいいのかなと。「助産師さんがしてるベビーマッサージね!」「南区のみなみさんね!」と覚えてもらえれば嬉しいです。
【ロゴマークについて】
赤ちゃんがママに包まれる、私がママと赤ちゃんを包み込むイメージで作っていただきました。
親子を包み込むハート型のシンボルです。
ママは赤ちゃんに愛情を注ぎ、私はママに愛情を注ぎたい。ママを包み込むことは赤ちゃんも包み込むこと。(赤ちゃんに対する愛の大きさはママに負けるので笑)
大分県出身 1988年生まれ
7歳・4歳の男の子ママ
准看護学校⇒看護学校⇒助産学校を経て助産師へ
看護学校時代は病院勤務をしながら通学する勤労学生でした
大分県の地域母子周産期医療センター勤務
2016年に福岡へ引っ越し、総合病院、クリニック勤務を経験
健診センターのバスに乗っていたこともあります
結婚し2018年長男出産(ベビーヨガを知る)、2022年二男出産(ベビーマッサージ、ヨガの資格取得、お教室をスタートする。開始時は二男とお教室をしていました。性教育にも興味があり学び始めました)
資格:看護師、助産師、JABC日本ベビー&チャイルドケア協会認定 ベビーマッサージ・ベビーヨガ講師
2025年7月 JABC日本ベビー&チャイルドケア協会 ベビーマッサージトレーナー
助産師までの道のり
准看護学校の母性実習の際に初めて分娩に立ち会わせてもらい、ママ、赤ちゃん、助産師、医師が一体となりママと産まれてくる赤ちゃんの手助けをしている姿に緊張しドキドキしました。命が誕生する瞬間、全員がママと赤ちゃんのことを想う気持ちに感動し「お産に関わる仕事がしたい!」と思うようになりました。
准看護師資格を無事に取得し、看護学校に進学、母性の授業は一番楽しく、教員の一人に元助産師の先生がいたこともあり「看護師の次は助産師だ!」と思うようになりました。
看護師の国家試験と助産学校の試験と同時の勉強でした。助産学校は難関で、教員も勤務先の師長もこの狭き門を通れるはずがないと思われていました(笑)。
しかし奇跡が起き、無事に助産学校と看護師国家試験に合格し進学しました。
助産師としての活動
助産学校を卒業し、大分市内の総合病院に就職しました。「地域周産期母子医療センター」といいハイリスク妊婦、救急車が出入りする施設で、NICUがあり、婦人科と小児科との混合でした。ここでたくさんの妊婦さんと関わり妊娠、出産、無事に産まれてくることが当たり前ではないことを痛感しました。今までは出産=幸せと思っていましたが、そうではないこともありました。今ある命は奇跡で尊い、大切に守らなくてはならないと思う反面、たくさん泣いて、悩んで命の重圧に押しつぶされた時もありました。
もっと知識と経験を積みたいと考えるようになり、福岡で働くことを決めました。
福岡市内の総合病院で派遣助産師として9カ月ほど勤務しました。そこは婦人科のがん患者さんも入院する病院で化学療法を行っていました。若くしてがんを宣告され、手術、抗がん剤治療と精一杯病と闘う女性を見て女性の力になりたいと改めて思うようになりました。
その後、1か月ほど健診センターで働き、クリニックへ就職しました。
クリニックでは、お産!お産!お産!の毎日でした。激務で一人ひとりと接する時間が少なく「あのママ大丈夫かな?」という思いがありましたが、たくさんの妊婦さん、産後のママを見なくてはいけないと時間に追われていました。
そんな中、妊娠が発覚、結婚、出産します。
妊娠出産
臨床で幸せなことばかりではなく、悲しいこともたくさん目にしてきた中での自分の妊娠。
心拍が聞こえるまで毎日のように妊娠検査薬で妊娠反応があることを調べ、つわりが少しでも和らぐと「赤ちゃん大丈夫?!」と不安になっていました。自分でエコーを当てて心臓が動いていることを毎日確認していました。つわりは産まれてくるまであり、食べても吐く、食べなくても吐くという状況でした。二男の妊娠時は1か月休職。
マタニティライフを全く楽しめなかった私です。
分娩時には、何とも言えない不安と恐怖、そしてこの世のものとは思えない痛み!!
助産師さんに助けられ、たくさん弱音を吐き、産まれた瞬間の感動を味わい分娩室で「ママにもっと優しくします!」と宣言をしました。

活動を始めたきっかけ
夫は仕事で不在だったし、「助産師だから!」と謎の責任感で育児、家事すべて一人でしていました。よく寝てくれる子でしたが慣れない授乳、寝不足、なにより一人で命を守らなければという責任で食事も食べたいと思わず、産後1週間で妊娠前の体重まで戻り、体力も気力もない状態で育児をしていました。
毎日一人で誰かと話したいと思い産院で行っていたベビーヨガへ参加しました。ヨガ自体初めてでしたが、長男と身体を動かしたり自分だけでヨガしたり産後初めて自分だけのゆっくりした時間を過ごすことができ、一人で抱え込んでいたものがすっきり!清々しい気持ちになりました。
約3年後の二男出産の時までベビーヨガで頭と心が軽くなったことを覚えていました。また職場を退職ということもあり、資格取得を目指しました。
長男出産時に「育児相談ができて、ママと赤ちゃんが集まれる場所」があればいいなという思いがありました。それは、産婦人科は1か月健診が終了すれば卒業で、その後の育児相談はネット検索が主だったからです。。
助産師ですが1か月健診を過ぎれば未知の世界です。ママ友もいない福岡、児童館にも行きましたがママへ話しかけていいのかわからずモヤモヤして帰るという日々でした。
赤ちゃんは日々成長して悩みも変わってきます。そんな時公民館の子育てサロンに行きママ友ができました。子どものこと、自分のこと、おでかけしてよかった場所、たくさん話して他のママも同じことで悩んだりしていることを知って「一人じゃないんだ!」と思うことができました。
長男出産時は子育てに必死で勉強する余裕もなく、仕事復帰。
二男出産後、「ママと赤ちゃんが集まれる場所を作りたい!」という思いが強くなり「作ろう!!」と調べベビーマッサージができることを知りました。
それまでベビーマッサージをしたことがなかった私。
学ぶことを決め「一度は参加した方がいいのかな?」という考えで4か月の二男を連れて初めてベビーマッサージに参加をしました。(マスクをして手を握っている写真)
「我が子はこんなにかわいいのか!」と私自身も癒され、他のママともお話できリフレッシュにもなりました!そのお話の間に二男は抱っこで爆睡!
初めて参加する場所、人でとても緊張しましたが、終わった後は心の満足感と楽しかったな♡とホクホクした気持ちでした。


性教育を学び始めたきっかけ
独身の時から、「子どもが産まれたら性教育はしっかりしよう。コウノトリが運んできたよなどの嘘は教えないようにしよう。」という思いがありました。いざ子どもが産まれると、どう教えたらいいのかわからない、誰に聞けばいいのかもわからない。そして子どものおちんちんケアは助産師だから知っているでしょ?と夫から丸投げされました…助産師ですが子どもの性器ケアは学びません。
ネットで調べますが、書いてあることがバラバラで結局自己流で行う日々でした。
2人目も男の子だったので「また自己流でやる?だけど間違ったことをやっていたら子どもに迷惑がかかるし、ちゃんと学ぼう」と思い学び始めました。結局自己流は間違っており、大事に至らずよかったと安堵しました。
たくさんの先生から学ぶうちに「性教育って生殖のことだけではなく、人権のことだったんだ!人間関係のことで幼児期からできることがたくさんあり、ベビーマッサージにも通じるところがあるんだ!」とおもしろさにハマっていきました。
次第に「お教室に来るママ達にも伝えたい」と思いお話し会を開催。
2025年から性教育講座を開催し、保護者や子どもと関わる専門職向けにお伝えをしていきました。
お教室への想い
ママと赤ちゃんがありのままで過ごせる空間を作れたらと思っています。大切な我が子を連れて参加しようと、勇気を出してご連絡してくださったことを大切に。ママの心の支え、「あの場所に行けばみなみさんが待っている」と思われるようなお教室を目指しています。
0歳の長いようで短い、一番大変で一番成長する赤ちゃんの土台作りの時期に関われることをとても嬉しく思います。
助産師として働く中で【ママが元気であること】が重要だと思いました。ママの心が不安定だと育児にも関係してきます。家族を支えるのが助産師の役割だと思いますが、その中でもママを支えたいと思っています。
ママにとっていつでも帰ってくる場所を作っています。育児のことだけではなく、ママのお話もお聞かせくださいね。そして、お子さんの成長を一緒に喜ぶ一員としていれたらいいなと思います。
助産師として臨床で働くことも大好きでしたが、今はこの活動がとても楽しいです。産後の少し気分が落ち込んでいるときや育児のことでお悩みがあるとき「話せる場所」として、また二人目、三人目が産まれた時「戻ってくる場所」としてあり続けたいと思っています。

